国内優先権制度の利用の注意点2
ー判例からの注意点ー

 人工乳首事件(平成14年(行ケ)539号)の判決で示されたように、先の出願における上位概念化した独立クレームの範囲に含まれるものとして、優先権を主張した後の出願で実施例を追加すると、後々、出願人にとっては、非常に不利な状況になる可能性を含んでいます。

 すなわち、優先権の主張期間は、先の出願日から1年以内とはいえ、先の出願と後の出願(優先権主張出願)との間に公知の問題が発生していたり、第三者による同様な出願がなされていると、このような事実によって、後の出願が拒絶されたり、或いは権利化された後に権利行使する段階で不利な状況に追い込まれる可能性があります。

 人工乳首事件をごく簡単に説明すると概ね以下の通りです(国内優先権を利用する際に非常に多い「実施例の追加型」です)。

 先の出願において、上位概念化した独立クレームAに対し、明細書の実施例では、その独立クレームAに包含される実施例としてa1、a2、a3を記載していた。そして、発明者は、独立クレームAに包含される実施例としてa4を着想し、これを国内優先権主張で追加した(実施例の追加となります)。
 ところが、先の出願と後の出願との間に、実施例a4と同様な構成を記載した第三者(X)の出願がなされたため、後の出願における独立クレームAは先の出願に記載はしていたものの、第29条の2により拒絶された。

 補正との整合性を考慮すると(先の出願の内容で事後的にa4を追加する補正は、出願全体が拒絶、無効となる)、上記したような取り扱いは妥当であり、出願人としては、第29条の2の拒絶理由があった段階で、a4をキャンセルするか、a4を分割出願すれば救済された筈です。

 実施例a4を着想した段階で、それを単独出願するか、優先権主張出願をするかは出願人サイドに委ねられる事項です。この場合、出願目的が、「特許権の取得」「管理を容易にする」等であれば後者を選択しがちですが、第三者の実施行為を排除し、状況によっては訴訟も辞さない、ということであれば、単独出願した方がよいかもしれません。

 先の出願後で優先権主張出願の前に、第三者(X)がa4を実施したと仮定してみます。

 まず、後の出願において実施例a4を追加するという行為は、当初の出願時における上位概念クレームAには、a4という実施例は含んでいなかった(技術的範囲には属していない)と捉えられる可能性があります。また、仮に、審査の段階において、第三者(X)の出願が先願として挙げられ(第29条の2)、これによって実施例a4を、補正や分割により削除してしまうと、そのような削除した行為は、意図的にクレームAから実施例a4の構成を除外した、と捉えられる可能性があります。

 上記の行為は、包袋禁反言からすると、権利者にとっては不利に作用する可能性があります。すなわち、クレームAがたとえ特許されても、そのAの技術的範囲には、上記の行為から、実施例a4を除外して解釈すべきである、と判断される可能性があり、優先権主張出願をしたがために、第三者(X)のa4の実施行為を効果的に抑制できないことも予測されます。

 上記したようなケースでは、先の出願をそのまま残しておけば(優先権主張出願を選択しなければ)、先の出願の明細書、及び図面の記載を考慮して、クレームAの技術的範囲に実施例a4の構成が含まれるか否か、という純粋な権利解釈論に持ち込むことができることから、少なくとも、第三者(X)に対して勝算のある戦いを挑むことは可能となります。

 権利の有効活用を考慮するのであれば、出願後に実施例a4を着想した場合、それは単独で出願するのが良いかもしれません。実施例a4はクレームAに包含される可能性があっても、実施例a4に特有の作用、効果があれば、それを根拠にして課題を抽出し、単独出願することについても考慮すべきです。この場合、先の出願の後に実施例a4に関する特許出願がされたとしても、先の出願の技術的範囲を解釈する上で、実施例a4に関する後の特許出願が影響を及ぼすこともない筈です。

 また、業界にもよりますが、今まで知られていないような課題が顕在化したような場合、或いは、新しい基礎技術が公知になったような場合等、短期間内に同業者から、似たようなアイデアで多数の特許出願が集中することがあります。課題を解決するための手法や応用技術など、異なる発明者が、似たような構成を着想することは良くあることであり、このようなケースでは、出願が公開されてみないと、他社の技術内容や先願性が分からない(開けてみないと分からない)といった状況があります。

 当然、このような状況下では、実施例追加型の優先権主張出願は、第29条の2の問題が生じる可能性が高いことから避けた方が良いもしれません。

 さらに、先の出願と、優先権主張出願との間に、現実に第三者の実施品が公知となった場合において、後の優先権主張出願でその実施品と同じ実施例を追加すると、裁判等において、出願人は意図的に優先権制度を活用して、第三者の実施行為を封じ込めようとした(正当性を欠く行為)、との心証を与えてしまう可能性もあります。すなわち、追加した実施例が、たとえ第三者の実施行為とは全く無関係に着想したもの(偶然にも一致してしまった)であっても、裁判において心証として不利に作用することが考えられます。

 以上から、明細書を作成する上において、技術的範囲が実施例の構成のみに限定されないよう、拡張性を持って記載されることが推奨されます。例えば、明細書の最後に、「本発明は上記した実施形態に限定されることはなく、種々変形することが可能である。例えば、○○を△△としたり、××のように変更しても良い」等と記載することは好ましいでしょう。

 自分が出願した後に、第三者がクレームの内容に含まれる(と解釈できる)が、実施例の構成とは異なる製品を市場に投入してきたとき、そのような製品が確実に権利範囲に含まれるよう優先権制度を利用する、という誘惑に駆られることもあるかも知れませんが、そのような行為は慎むべきです。
 このような行為は、正当性を欠くと考えられ、また、折角、先の出願内容で抑制することが可能であったものが、そのような意図的な行為によって可能性がなくなってしまいます。

 裏を返せば、第三者から権利侵害に関する警告等がきた場合において、自社製品の市場投入時期が、警告に係る特許権の出願日(優先日)から1年以内であり、また、その特許権が国内優先権を主張したようなものであれば、それは要注意となります(先の出願との間で詳細な読み比べをすべきです)。

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